私はCNC工作機を使った木工作品の製作を「CNCアート」と呼んでいるのですが、“そもそもアート(芸術)とは何か?”ということをまとめてみました。
〇寅さんの「芸術論」
先ずは市井の哲学者・寅さんの「芸術論」。
・芸術家は皆貧しい。なぜなら自分の作品で気に入ったものは人に渡したくない、ましてや自分の気に入らない作品を売るわけがない。だからお金が入らない。
・芸術家はお金持ちがお金を出すことによって生活する。
・食うことは大切だけど、人間が生きるということはそれだけではない。すばらしい絵や音楽で感動するために生きている。
・人間は色々なことに喜びを感じて生きている。例えば盆栽だとか、こうやって楽しくみんなで話すことも。寅さんの恋愛も生きていることの証(あかし)。
・芸術とは「人間の証(あかし)」。
寅さんの説明は単純明快ですね。最近、「ドリッピング」や「ポーリング」などの技法を使って絵を描く“アクション・ペインティング”で有名な画家ジャクソン・ポロックの映画、「ポロック 二人だけのアトリエ」を観ました。ポロックは批評家ハロルド・ローゼンバーグに認められパトロン(経済的な後援者)が付くまでは貧しい生活を強いられます。パトロンと画家の関係がとてもよくわかりました。
芸術は生きていることの証(あかし)であり、「人間の証(あかし)」ですね。芸術(アート)は稼ぎにはそれほど結びつかなくても人生を豊かにし、世の中を多様な社会に変えていきます。
〇芸術表現の構造について
・ 作品は人に伝えるために作る。つまり、伝えたい、もの・こと・気持ち・想いといった“コンセプト(テーマ)”を、相手(鑑賞者)に伝えることが芸術。
・コンセプトをムダがなく、効果的に伝えることが優れた芸術表現。
・作品を支える技術(テクニック)は大切だが、それだけでは芸術表現にはならない。なぜならそこにはコンセプト(テーマ)がないから。
・例えばラブレターは芸術表現。コンセプト(テーマ)は恋心、相手が存在する。必ず読み返し、一番効果的でムダのないカタチに仕上げている。
「作品にはコンセプト(テーマ)がなくてはいけない。そしてそのコンセプトをムダなく、効果的に伝えることが優れた芸術表現である」ことまでは完全に合意ですが、伝える相手は他人ではなく自分自身ということもあるのでは。
メディア・アーティストの落合陽一氏は、自分の作品の第一の顧客は自分だと言っています。表現が研ぎ澄まされれば自分にしか十分に理解できない作品というのも出てくると思います。その場合、作品は世間的には価値に見合った評価を得ることは出来ません。
〇芸術作品の鑑賞について
茂木健一郎さんのポッドキャストから、西洋美術の本場で学び、美術史家として著作多数の西洋美術家 木村泰司氏のお話。
www.tfm.co.jp・最近美術史を学ぶ人は増えている。鑑賞するのではなく、背景から学ぶという風に日本もシフトをしていってる。“絵の読み方”がわかれば美術館へ行く楽しみも何倍にもなる。『美術は見るものではなく読むもの』。
・日本は芸術家と職人の差というのがないが、ヨーロッパでは芸術家の社会的地位が高い。
日本では芸術作品の鑑賞教育がほとんど行われていませんでした。作品の素晴らしさを味わうには、作者とその表現(ジャンル)の歴史的な流れや素材、製作環境などについて予備知識がなければ十分ではありませんので、美術史ブームは歓迎すべきことです。
このブログも自分の作品の背景やコンセプトの説明が目的です。
〇芸術について ~花伝書
花伝書は希代の芸術家である勅使河原蒼風の覚え書きをまとめた書籍です。この中から芸術一般にも通じる言葉を並べました。
・イサム・ノグチ「松をいけて、松に見えたらだめでしょう。」(勅使河原蒼風がイサムノグチと会った時の言葉。)
・花で人間をいけるので、人間が花をいけるのではない。
・最低、手がならっていなければだめだ。
・いけばなは、線と、色と、塊とに見ることが出来る。
・自然をいかに変えたかということが、大事な要素。
・すぐれた感覚からのみ、よい芸術は生まれる。
・皮・肉・骨 →骨は作者の思想、肉とは素材のこと、皮とはそれを表現する技術。
・美とは量ではなく力である。量感より力感。
・人に見てもらうことは、益することが多い。
・一番大切なのは目的意識を持つこと。よいものを見よう、美しいものを見ようと心がける。
作品は表現を通して自分を表現するものであること、感覚を磨くこと、手先の技術を高めることなど著者が経験の中から積み上げてきたものが記してあります。花伝書に触れてから自分の作品も変わったと思います。創作の“ものさし”になる本です。
(おわり)